食事を作る時に 心掛けるでもなく自然にやっていることがあります。
食材の味を生かすことです。
そのためには本物で丁寧に作られた食材を手に入れさえすれば簡単にできます。
この考え方は育った環境によると思います。
私は秋田市の住宅地で育ちましたが 父と母のおかげで海や山の食べ物をふんだんに食べて育ちました。
母の実家は海辺だったので 漁師と農業の兼業をやっていました。
父はスキーで小学校に通うほどの山育ちでしたから 山菜取りの名人と言われるほどの腕前です。
2人とも 海の物も山の物も採りたてを食べていたので 舌が肥えているのです。
母が作ってくれる食事は 食材の味がストレートに分かる料理ばかりでした。
それに加えて 一緒に住んでいた祖母は・・・何て呼んだらいいのか・・・
今で言う「霊能者」、秋田では「拝み屋」と呼ばれる仕事をしていましたので、
決まった謝礼は無く 漁師は魚を持ってくるし 農家はお米や野菜を持ってくるのです。
ですから 旬の取れたての食材が いつも神棚にあふれているわけです。
小さい頃から 食材の買い物という観念が無く育った特殊な環境でした。
そういう訳で 海や山の豊かで新鮮な食材の恩恵を受けて それが当たり前として育ちました。
今 私が「おいしい!」「おいしくない!」と感じるルーツはあの頃にあったと思います。
20代の頃 料理を覚え始めて 家族に作った料理に(何だったのかは忘れましたが)
食材を何種類も入れて作ったのですが 母のその時の感想が
「何を食べているのか分からない」・・・でした。
あれもこれも入っている方が美味しいと思っていた私にとって
料理上手な母の言葉は ショックで目からウロコの出来事でした。
それ以来 一つの料理の中で食材同士が殺し合わないように 数を少なくするだけではなく、
食材そのものから 甘みやエキスが逃げないような工夫もしてきました。
今はそれを土鍋でやっています。
なるべく大地の力が入った野菜、なるべく薬を使わず育てたお肉、
なるべく地下から湧き出て汚染されていない水、なるべく食材を台無しにしない調理・・・
絶対ではなく ゆるく「なるべく」を求めながら。
そして その食材を生かしてくれる調理器具の一つが土鍋です。
以前はステンレスの無水鍋で20年間料理をしていましたが、
今は無水調理も出来て それ以上のことも出来る土鍋は
私の「うまい!」を引き出す大事な道具となりました。
今夜はソラマメが手に入ったので 土鍋で蒸し焼きにしました。
洗ったら 並べて 蓋をして 火をつけるだけ。
自分の水分で蒸しあがります。
蓋の穴から蒸気が出たら火を消して 木栓を差し込んで少し待ちます。
塩をちょっと付けていただくと ソラマメの甘さと香りが口いっぱいに広がります。
こんなシンプルな美味しさが やっぱりシアワセ!